私たちの蓮への思い

不撓不屈(ふとうふくつ)の苦労や困難にもくじけない強い意志を「蓮」は、

「泥中の蓮華」とも言われており、泥の中に根をはり、綺麗な花を咲かせます。

私達は、個々に与えられた課題の修行をする為に、
スピリチュアルワールド(魂の故郷)から現世に来たと考えてみてはいかがでしょうか。

人は苦しみ、悲しみ、不安、恐怖、欲望、嫉妬、など
辛く苦しい修行、悩み、邪念も多くあります。

「泥」というのは、現世、「煩悩の世界」の象徴だと言えるでしょう。

「蓮の花」は、この「泥」の中から咲いた「悟り」を示し、「不撓不屈」の精神をも表します。

現世の辛さ、苦しみも決して無駄ではなく、学びという経験を積み重ね、
未だ見ぬ未来に「花(華)」を咲かせるということを、蓮の花は教えてくれます。

お釈迦様は、「蓮」の素晴らしさを「蓮華経(れんげきょう)」という「お経」に残されています。


「蓮華(れんげ)」というのは、「蓮の花」の事で、例えどんなに辛く苦しい目にあったとしても、
その先には、必ず「悟り」があり、「泥」が濃いほど「蓮の花」は
美しく! 大きく! 開花する!という事です。

悩み事がある時は、とことん悩みながらも、自分の歩幅で前進して行く。

その後、「あの時~してれば良かった」などと、もし後悔したならば、悩んでいた時の
自分自身を思い出し、あの時の自分自身が、一生懸命悩みながらも決めた事、
選択した道だと、自分自身を許し、認め、それを未来を築く「肥やし」にする。

この繰り返しが、「学び」という「修行」です。

「経験」は、「自信の源」ですから、辛く苦しい経験も、喜ばしい経験も、現世では、
多種多様な経験を積み重ねる事が「自信」となり、魂を磨き成長させます。
多種多様の枝分かれしている道から、「自分の道」を「自分で選択」し、学んで行くという、
「人生は修行」をしておりますので、楽しいことばかりではありませんが、「蓮の花」のように自分自身を鍛えながら生きて行ければ良いですね。

 

人生の局面を『節目れん根』でお祝いすることで、あなた様の未だ見ぬ未来が、蓮の花のように、美しく大きく開花しますように。

 

 

株式会社ベンチャーチューブ代表
「蓮屋17代」